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サラリーマン農民の日記 at 鳥取の片田舎

ジョージ真木と申します。大阪で20数年暮らし、2016年9月、Uターン。農業法人に就職して、農業始めました。その徒然…(´∀`)

何でも屋な過去

生活

私は今まで、やれそうなことはいろいろとやってきた。
もちろん「やらざるを得ない」という状況も多々あったが、
幸い面白がってやれるタイプなので、必要以上に技術や知識を習得できたと思う。
それらの積み重ねによって、出来る事はかなり多くなったと思う(金にはなってないが)。

一番大きかったのは、最初の就職先であるレコード会社。
それまでパソコンを触ったこともなかったオイラは、
いきなりMacで書類作成などをやらないといけなくなった。
しかもエクセルやワードではなく、ファイルメーカーw
これでファイルメーカーのごく基本的な作りやレイアウトの作り方を知った。

次に、ディレクター業務を始めてから、最初のマイ・パソコンを購入した。
購入に至る経緯は、以下。
ディレクター業務の大事な業務は、デモ曲の管理。
当時の先輩達は、カセットテープやMDやDATでストックしていた。
でもダビングするときや、分類し直すときに、結構めんどくさかった。
そんな折、ちょうど先輩が音声をCDに書き込んでラジカセで再生出来る方法を教えてくれた。
オイラは「これだ!」と思い、パソコンでデモを管理しようと思って、最初のパソコンを購入した。
このパソコンで、いわゆるリッピングとCD書き込みを覚えた。
また、ようやくエクセルで書類を作るようになり、共用Macの順番待ちをせず、
好きなときに好きなだけいじるようになっていった。

マネージャー業務の際には、ラジオ局とかに送付する紙の資料を作らなければいけなかった。
これを先輩諸氏がAdobeイラストレーターで作っていたので、それに倣ってイラストレーターで作るようになった。
操作を覚えるのに少し時間がかかったが、いろいろ出来るので面白くなり、
機会があればガシガシにイラストレーターを使うようになった。

そのうち、写真データのファイル転送を始めるようになった。
決定したCDジャケットのデータを東京にある宣伝部に送る、と言った具合だ
(当時は2MBに6時間とかフツーにかかってたようなw)。
で、ジャケット制作の大詰めともなると、デザイナーの横に張り付いて指示をしてたので、
Photoshopについても興味が出てきて、いろいろ訊いていた。
で、自分がPhotoshopを使うきっかけは、パソコンの壁紙を自分の好きな写真にしたいから、だった。
WEBで拾った画像を画面のピクセル数に合わせて、
明るさ変えたり、色味変えたりというのが、最初の操作だった。

ディレクター業務を始めてしばらく経ち、DTM環境も進化してきたら、
自分で再現可能な作業は自分の手元でやりたいと思い、DTMソフトも導入した。
例えば、5分ある曲をラジオ用に3分30秒に縮める作業を
完成イメージなしにスタジオでやると膨大な経費がかかってしまうので、
自分でいろいろ試してデモを作って、
完成型を絞ってからスタジオに伝えて本作業してもらう、というような使い方。

レコード会社を退職した後のアパレル時代は、ネットショップもやっていたので、
商品撮影をしないといけなくてカメラマンをやったり、
飲食店を起ち上げるということで法務書類を作ったり、
契約書を作ったり、メニューを作ったり、チラシを作ったり、
イベントをするというので企画から当日の運営をやったり。
レコード会社時代に覚えたPCスキルを駆使しながら、
その他やったことないこともいろいろ経験した。

デリヘル店でも、HPの更新作業、電話受付、在籍女性の出勤管理、ドライバーなどなど。
経営に直結する業務ではないけど、これまたいろいろ。
後は職場にある複数のPCをネットワーク共有できるように設定もした。

「これだけいろいろ出来れば、何処行っても何とかなるでしょ」
という思いもあり、田舎へ帰ってきたわけだが…
年齢的なことや、今は「サービス業じゃなくて製造業希望」みたいな気分なので、
仕事にありつけていない。スタートラインに立ててない。

器用貧乏とはよく言ったもので、今のご時世「広く浅く」は金にならんのかもね〜。
クラウドソーシングでデザイン系にアタックするも、ことごとくモノにならんし、
音楽系で必要とされるスキルは、実際作る技術と音響系(エンジニア)。
ディレクター的な中間の立場は、あまりニーズがないのだ。
って、これは今のレコード会社にディレクターが少ないという現実があるので、
当然と言えば当然。

とりあえず、出来ることをやろうと思い、
BASEにショップを作ったのであった…。

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